フランス人絵本作家・イラストレーターのアラン・グレは、1936年7月21日、フランス・パリ郊外Eaubonne(オーボンヌ)に生まれました。
パリの"Ecole des Arts Appliqués" でグラフィックアート・アトリエを学び卒業した後、"Beaux Arts de Paris"でファインアート学を専攻し、その後、当時少なかった子供向けの「楽しく学べる学習本」の制作に取り掛かります。
1960年にモニーク夫人と結婚、2人の娘がいます。

La Choutte社より推理小説を3タイトル出版し、フランステレビ局の子供向け番組制作・プロデューサーを2年間務めました。絵本や教育本の作家・イラストレーターとしてCasterman社、Hachette社、Nathan社などから300を超えるタイトルの本を出版、それらの本は20カ国の言語に翻訳されています。
さらにNathan社から、デザイン、コンセプト、イラストレーションまで全てを担当したゲームを12種類制作、その他、子供向けの雑誌「Pomme d'Api」や「Journal de Babar」に作品(文章・イラスト・ゲーム等)を4年間掲載しました。

また、船に乗ることが大好きなアラン・グレは、Gallimard社より、航行法・航海術に関する本も10タイトル出版、Voiles et Voiliers(航行法・航海術に関するフランスの雑誌)では20年間ジャーナリストを務めました。
メインの趣味はセーリングで、1970年代からいろいろな船を所有してきたアラン・グレは、大西洋を2度横断し、世界中を船で旅しました。かわいいイラストの絵本は彼が船の上で描いたものもあるのです。

現在は、グラフィックデザイナー・広告等の出版物のエディターとして活躍中です。
最近では、1960年代に出版された当時の絵本を日本向けに完全リマスタリングし、それらの絵本はジェネオンエンタテイメント株式会社から出版されています。




 アラン・グレ 独占インタビュー!!





- アラン・グレさんがイラストレーターの道へ進んだきっかけは?
昔からいつも絵を書くことが好きだったんだよ。
それでパリにある “Ecole des Arts Appliqués (アートスクール)で学んだ後、本のイラストを描いたりストーリーを書く道を選んだんだ。
日常の電話コールやミーティングから遠く離れて、私の妻(モニーク)と一緒に船で世界中を航海する自由を持つためにね。

そして、著作料(印税)で生活をする・・・なんて。夢の中の話だけど(笑)

- 絵本という道を選んだ理由は?
自分が子供の頃成長するのにものすごく時間がかかった、という理由以外にはないかな(笑)

- ストーリーを書くことと、イラストを描く事、当時好きだったのはどちら?
両方ともとても好きだよ。もちろんどんな話かという題材により多少の違いはあるけど。
いずれにせよ、ストーリーを考え、それに合わせた文章、スケッチ、そしてページの構成を考える、というイラストと文章の両方を担当した時が一番心地よかったかな。
ほとんどの本は文章・イラスト共に僕が両方担当したものだけどね。

- 絵本はどのようにして作られ、どのように新しい本が誕生したの?
直感、そしてある事柄に関しての熟考と少しのイマジネーション。
実際のところ、新しいストーリーを考える上で困ったことは一度もないんだよ。
いつも僕は野心的だからね(笑)。僕は一つの場所にじっとおとなしくしていられるようなタイプの人間じゃないんだ。
毎回絵本を作るのには、初めに絵本やシリーズごとのテーマを決めて、本のサイズとページ数を決める。
それからスケッチをのせて、Casterman、Nathan、Hachette等の出版社に持って行き、一度契約が交わされると本のサブジェクトに関する情報を受け取り、それからシリーズごとに一冊ずつ文章を書き、イラストを仕上げて行ったんだ。
後に僕の文章に合わせて弟のGerardや、友人のLuis Campsが絵を担当してくれた。
手掛けた本は全て情熱を入れて制作したよ。
想像がつくだろうけど、僕は何に対しても興味を持っているんだ。

- 絵を描いている間はどんなことを考えていたの?
その時に創り上げていた本のシーンの中に完全に自分も入っていたよ。
シーンの中で自分も生きるんだ。
Kim Basinger(キム・ベーシンガー/ハリウッド女優)や次のセーリング旅行の事を考えていた時を除いてね!(笑)

- ROMÉO(ロメオ)の誕生の由来は?実存した犬をモデルにしたの?
実際に存在した犬ではなく、純粋に全てイマジネーションで生まれたキャラクターだよ。
コミカルでフレンドリーな犬を考えていた時に自然とペン先から生まれたのさ。
実生活で僕はいつも犬と一緒だけどね。たいていはサリー(現在の犬)のようなシェパードが多いね。

- イラストレーター&作家の道をストップした理由は?
絵本のイラストを終わらせた理由は、自分自身で同じような絵を繰り返し描いている事に気が付いたからなんだ。
同じような木、同じような動物、そして同じような家とね。
この世界に存在する色々なことを、イメージと言葉ではっきりと、絵本というものを使って子供に伝えること、教えることは好きだったんだけど、なんだか時間を無駄にしているような感じがしたんだ。
文章だけでなく、イラストも全て担当しなければならなかったとしたら、終わらなかっただろう絵本もたくさんあるよ。
一つ一つ丁寧に絵を仕上げるということは、とても時間を要するものなんだ。

- その後の仕事は?
絵本の後は、航海術に関する雑誌(Voiles et Vlilliers)に記事を載せたり、ナビゲーション(Editions Gallimard)に関する本を出版する事に力を入れたよ。

それらのガイドは、初心者向けにたくさんのデザインや写真を載せて説明したもので、絵本とは違って、もっと技術的な大人向けの本を作ったんだ。
その間に僕も絵本と共に成長したってことかな(笑)


- 航海中に、船の上でイラストを仕上げたことは?
一冊だけ船の上で仕上げた本があるよ。‘Les plantes’ (The plants, Casterman)という植物に関する絵本。
これにはたくさんの努力と束縛があった。船の上で生活をするということは、その分自分の時間も費やさなければならないからね。
他にも、訪れた国々でのナビゲーションに関するルールなどをまとめたコラムを掲載したことがあるよ。
新しい人たちに、セーリングの冒険に興味を持ってもらうためにね。

- 若い頃から船(セーリング)に興味があったの?
僕が15歳頃の時に、Alain GerbaultやSlocumをはじめ、たくさんのナビゲーターに関する物語を読んだのがきっかけで情熱を持ったんだ。
これらの冒険物語を読むうちに、独立、自由、冒険中の困難を経験してみたいという願望、そして船の上で孤立すること(もちろんモニークも一緒だけどね)等、セーリングについてたくさん学んだんだよ。

- 航海中に嵐のような悪天候や大変な困難に遭った事は?
海を旅しようと思ったら、その時々の天気を選ぶ事は出来ない。
だからそれを突き進むしかないんだ。そして、そういう困難に遭いたくないと思っていても遭ってしまうものなんだよ。
沖や海岸の側(これが一番危険なんだ)を航行中にかなりの悪天候に遭遇した事があるよ・・・
でもきちんと手入れのされた良い船で、多少の経験と論理的な考えがあれば、問題なく全て上手く行くんだよ。
全てというより大体のことかな。
少なくとも僕達が船で1970年から1983年の間に航海した(フランスのSaint-Cloudを拠点として)距離数、135,000kmの経験上ではね。

- これから訪れてみたい国は?例えばまだ訪れた事がない国など・・・
僕はどんな国にも興味があるけど、今までに訪れた事がなくて残念に思うのは日本だね。
でも将来日本に行く日が来るまでそう長くはかからないかな(笑)?!

- モニーク夫人との最初の出会いは?
初めて会ったのは彼女の高校生活最後の日。弟(Gerald)を通して知り合ったんだ。
僕が一目惚れしたんだよ!彼女は船(遊覧船)の中で生活をしたいという夢が、僕はセーリングシップの上で舵を取りながら生活をしたいという夢があった。
その時から僕らはお互い離れることが出来なくなった。結婚して40年以上経った今(婚約期間は3年)でも、僕らはお互いなしでは何も出来ないんだよ。

- 好きな食べ物、苦手な食べ物は?
僕はとてもシンプルなものを好み、よく知らない食べ物は苦手なんだ。エキゾチックな食べ物とか・・・
だから海外に行くとそれはもう大変だよ・・・

- 自由な時間があるとき何をしているの?
興味深い質問だね。でも余った時間はないんだよ(笑)。でももしあったとしたら、もっとたくさんの航海術に関する本を書くと思うよ。
人生の中で好きなことをして、それを生活の糧とすることが出来る僕は十分運がいいよね。

- どんな音楽が好きですか?
クラシックとジャズ。
学生の時はベースとクラリネットを「Latin Quarter of Paris」というパリのパブで、ニューオーリンズスタイルで演奏して稼いだ事もあるよ。
その後1960年代はテナーサックスをモダンジャズバンドで演奏したんだ。これはもちろんアマチュアだし、純粋に楽しむ趣味としてね。
今はシンセサイザーをオーケストラで演奏しているかのように(もちろん本物のオーケストラではないよ(笑))楽しんでいるよ。
こういったことは自分にも才能があるんだ、ということを教えてくれるんだ。
この答えは前の質問の答えにも共通するね。

- 画家、レイモン・ペイネ(Raymond PEYNET)氏との出会いは?
彼は僕の母校の元生徒だったんだ。
当時、この学校に関するアマチュア映画を友人と一緒に作る機会があったんだけど、そのとき僕がペイネに連絡を取ったんだ。
そして彼の生み出したキャラクターをベースに、アニメーション映画の企画を立てて一緒に手掛けようとしていたんだよ。
でもそれは一度も完成することはなかった・・・28ヶ月もの兵役のためにね!
彼が僕の知っているアーティストの中では一番紳士的で、優しい人物だった。

- 今回のカレンダー制作(2005年度版)で、長年目を通さなかった昔の絵本に久しぶりに目を通して、新しいアートワークを完成させてもらいました。その作業をする過程で思っていたことは?
情緒的、そして自分も忘れていたイラストを見ることは新しい驚きでもあったよ。
今まで昔の作品を読んだり目を通したりすることはほとんどなかったんだ。
僕の作品をこうして再び生きたものにさせる、というすばらしいアイディアをくれたRicoBelにたくさんの好意と賞賛(感謝)を送るよ。
君達(RicoBel)の継続的な努力とエネルギーに再度、ありがとうと言いたい。

- 今では多くの若いイラストレーターたちがアラン・グレさんを尊敬し影響を受けています。
アラン・グレさんが若い頃に影響を受けたアーティストは?
まずは若いイラストレーターの人たちに自分が影響を与えているということを知ってとても嬉しいし、感動したよ。そのようなことは全く知らなかったから、本当に嬉しいね!
僕の場合、デビューはアメリカのイラストレーター、Alice and Martin Provensenに影響を受けたんだ。1950年〜1960年代のとても素敵なアーティストだよ。

- 最後に、日本やその他の国のファンの人々にメッセージをおねがいします!
まずは、僕の作品に興味を持ってくれてありがとう!
興味を持ってくれる人がいる、ということを知って驚いたけど、とても嬉しいよ。

いつかこの近いように感じるけど遠い国を訪れて、ファンの人達に会う事が出来るかな?!


- ありがとうございました!

インタビュー&翻訳 BY RicoBel (C) 2004 all rights reserved.
Special thanks to Alain Grée for his kind cooperation.












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